BLOG BY YUTO

キリスト教について 信仰 証しなど

自分の考えと神様の考え

 人は自分の生活において何か問題があると、すぐにそちらの方に意識が集中してしまい、また、冷静さも失って感情的に行動してしまいます。そして、不安や心配に支配されて神様のことを忘れてしまいます。

 11月8日に私の周りでは大きな問題がありました。私はそれに耐えられずその日は落ち込んでいたのですが、その日の朝のお祈り会を聞いて考えががらりと変わり、とても希望に満たされました。

 それはどうしてかと言うと、神様の願いを第1に優先したからです。この世界が悪魔に支配されていることはRAPTブログの読者ならすでにご存じかと思いますが、神様はこの世界を救いたいと願っておられます。しかし、この地上の義人が働きかけないとその願いはかないません。そう考えた場合、我々個人の問題はどれほど小さく見えるでしょうか。この世界を救いたいと思うなら、自分の人生を捧げるほどでないとその願いはかないません。自分の生活の問題もその時は大きく見えるかもしれませんが、神様の視点から見ればとても小さく見えます。

 我々は生活しているうちに、視野が狭くなってしまいます。個人の事情が関わってくるので具体例を出すのが難しいのですが、例えば、大学生の場合、単位を落としそうで不安になったり、就職に少しでも有利になるように部活や資格の取得に時間を使うようになったりします。一時的には自分の感情に支配されて熱心になりますが、その願いは神様と一致しているでしょうか。

 最近は、朝のお祈り会で4本の信仰の柱についての御言葉が出ていますが、その4本の信仰の柱はそのように自分の考えが神様の考えとずれないようにするためにあります。皆さんも自分に考えに支配されず、神様の考えを悟れますようにお祈りしています。