BLOG BY YUTO

キリスト教について 信仰 証しなど

聖三位について

 三位について考えることも大事かなと思いました。

 2000年前はイエス様が亡くなったあと、弟子たちは聖霊を強く感じ様々な働きをしたわけですが、この時代は聖三位が強く働く時代ですので我々はとても恵まれています。

 祈りの時でなく普段から聖三位を意識することが重要だと思いました。

 

明日のことまで思い悩むな

 聖書には「思い悩むな」と書かれてあります。長いので部分的に紹介しますが、「自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな」「明日のことまで思い悩むな」とイエス様は言われました。また、「何よりまず、神の国と神の義を求めなさい」と言われました。

 最初にこの聖句を読んだとき、意味がよくわかりませんでした。しかし、最近は少しずつ分かるようになってきました。人間は自分の人生を考えるとき深く考えすぎてしまいます。そして、それが不安になることもあります。

 しかし、人間の力でやろうとすると失敗しますし、またそれは神様の御心に適っていません。だから、思い悩むのではなく神の義を求めなさいと書かれてあるわけです。RAPTさんの宣布する御言葉でも何度も出ていますが、プライドや二心があると御心からずれてしまいます。昨日も書きましたが、そのために4本の信仰の柱があります。

4本の信仰の柱の重要性

 4本の信仰の柱は重要だなと最近思いました。

 たとえ聖霊を感じてもそれを神様のために使わないと無駄になってしまいます。その方向性がずれないためにも4本の信仰の柱をきちんと立てないといけないなと思いました。

 それに我々の時間は限られています。1日は24時間しかありませんし、生涯100年も生きられる人はそんなに多くありません。限られた時間で自分のやりたいことができる時間はどれだけ残されているでしょうか。あまり多くないと思います。最近の御言葉でも、4本の信仰の柱を人生の楽しみとしなさいとありましたがまさにその通りだと思いました。そうすれば自分のやり方が間違うことはないからです。

 皆さんもきちんと4本の信仰の柱を立てて、神様との愛の関係をより深められることをお祈りしています。

 

祝祭の日 レストランでの出来事

 今日は11月11日 主の祝祭の日です。私は浜辺に行き賛美をしたあと、レストランに行きました。

 予約はしていなかったのですが、予め決めておいたイタリアンのレストランに行きました。

 私はコーヒーを注文しようと思ったのですが、パスタを注文した時サービスでコーヒーがついてくると言われ、結局コーヒー代はかかりませんでした。

 そういえば朝、浜辺に向かう前にコーヒー飲みたいと思いながら飲まずに出かけたことをレストランで飲みながら思い出しました。

 主からのプレゼントなのかなと思いました。皆さんはどんな一日を過ごしましたか。

神様との出会い part2

「神様との出会い part1」では、私が陰謀論からRAPTブログに出会いそして、神様に出会ったことを紹介しましたが、今回は別の角度からお話したいと思います。

 

atipha.hatenablog.com

私はまず新約聖書から読み始めたのですが、聖書にはたくさんの罪が書かれています。そして、今考えれば聖書に出会う前、私の生活は罪だらけでした。

 高校生の時、とても嫌いな人がいて憎んでいました。また、私は幼いとき病気になり、そのせいで家族が別の宗教に入ってしまいました。その当時はそこまで悪い宗教ではないと思っていたのですが、やっていることは偶像崇拝でお金もかなり取られました。中学生のとき恋愛もしました。ほかにも罪はあるのですが、そのような生活が続いたせいで霊魂が腐り、うその情報に騙され精神がおかしくなってしまったのだと今では思います。

 たとえ神様を信じていなかったときに犯した罪でも、霊は腐りますし、神様は公平な方です。皆さんも自分の罪を悔い改め、より高い次元に霊を成長させられるようにお祈りしています。

自分の考えと神様の考え

 人は自分の生活において何か問題があると、すぐにそちらの方に意識が集中してしまい、また、冷静さも失って感情的に行動してしまいます。そして、不安や心配に支配されて神様のことを忘れてしまいます。

 11月8日に私の周りでは大きな問題がありました。私はそれに耐えられずその日は落ち込んでいたのですが、その日の朝のお祈り会を聞いて考えががらりと変わり、とても希望に満たされました。

 それはどうしてかと言うと、神様の願いを第1に優先したからです。この世界が悪魔に支配されていることはRAPTブログの読者ならすでにご存じかと思いますが、神様はこの世界を救いたいと願っておられます。しかし、この地上の義人が働きかけないとその願いはかないません。そう考えた場合、我々個人の問題はどれほど小さく見えるでしょうか。この世界を救いたいと思うなら、自分の人生を捧げるほどでないとその願いはかないません。自分の生活の問題もその時は大きく見えるかもしれませんが、神様の視点から見ればとても小さく見えます。

 我々は生活しているうちに、視野が狭くなってしまいます。個人の事情が関わってくるので具体例を出すのが難しいのですが、例えば、大学生の場合、単位を落としそうで不安になったり、就職に少しでも有利になるように部活や資格の取得に時間を使うようになったりします。一時的には自分の感情に支配されて熱心になりますが、その願いは神様と一致しているでしょうか。

 最近は、朝のお祈り会で4本の信仰の柱についての御言葉が出ていますが、その4本の信仰の柱はそのように自分の考えが神様の考えとずれないようにするためにあります。皆さんも自分に考えに支配されず、神様の考えを悟れますようにお祈りしています。

 

神様との出会い part1

 私が聖書を読み始めたのは2016年の夏でした。RAPTブログがきっかけなのですが、2015年の末からRAPTブログに出会いとても考え方が変わりました。

 その前から陰謀論にはまっていたのですが、様々な情報にかき回されるようになり精神がおかしくなりました。さゆふらっとまうんどや、はやし浩司など様々な陰謀論者の情報を集めたせいで頭が混乱してしまいました。フリーメイソンイルミナティにこの世界は支配されていると彼らは言いますが、話が漠然としていて結局何が原因なのかわからず不安と恐怖を植え付けるだけでした。そんな時に出会ったのがRAPTブログでした。RAPTさんのブログはとても具体的でわかりやすく、またほかの陰謀論者が言わないようなことも書かれてあり、ただハマるのではなくこれが真実だと思いました。

 特に驚いたのは、悪魔崇拝のことです。それが日本でも昔から行われていると知ったとき霊的な存在を確信しました。それまでも霊の存在を信じていたのですが、悪魔も存在しそして神様もいるということを確信しました。

 聖書を読むようになってから、精神的に落ち着きましたし、うその情報に騙されなくなりました。聖書やキリスト教に偏見を持っている人もいると思いますが、真理を知りたい人はRAPTさんの有料記事を読むことをお勧めします。

 この世の中には嘘が多いと思います。高校生の時、世界史の先生が「イエス キリストが生き返ったことを信じられない人はキリスト教徒になれない」と言いましたが、この一言だと誤解を招きます。なぜなら、生き返ったのは肉ではなく霊だからです。詳しく知りたければRAPTブログを読んでほしいのですが、この高校の先生のような言い方だと人は簡単に騙されてしまいます。聖書にはたくさん霊について書かれてありますので是非私の記事を読んでいるひとにも、聖書を読んで悟ってほしいです。